1.経営者からのご質問
当社が高卒採用の活動を行ったところ、見所のある者が応募してきたため、面接のうえ、採用しました。
ところが、提出した履歴書は高卒で、面接時にもそのように述べていたのに、実は大学を卒業していたようです。
このような学歴を低く詐称した場合にも該当者を懲戒解雇できるでしょうか。
2.当事務所の回答
採用の際、学歴、職歴等を偽り、または経歴を秘匿する経歴詐称は、企業秩序違反を構成しますので、懲戒事由となり得ます。ただし、懲戒解雇が有効となるためには、企業の種類や性格に照らして、その経歴詐称が事前に発覚すれば、その者を雇用しなかったであろうと考えられ、客観的にもそのように認められる場合、つまり、企業秩序を侵害する程度に重大な経歴詐称の場合である必要がございます。
本件では、貴社において、学歴を低く詐称されたことが、企業の種類や性格に照らして、その経歴詐称が事前に発覚すれば、その者を雇用しなかったであろうと考えられ、客観的にもそのように認められる場合、懲戒解雇をすることが出来ます。貴社には採用の自由があること、最終学歴の重要性に鑑み、学歴を低く詐称することは「重要な経歴」の詐称に当たりますので、原則として、懲戒解雇を有効に行うことが出来ます。
もっとも、本件は、採用した労働者が「見所のある者」であったため、その能力に問題はなかった事案です。労働者の能力に問題がなかったことを理由の一つに懲戒解雇が無効とされた例もございますので、貴社の企業秩序や信頼関係が破壊された程度、学歴以外の経歴に詐称があるか否かについても考慮したうえ、懲戒解雇に踏み切るか否かの判断をした方がよいでしょう。
3.解説
1 経歴詐称は企業秩序違反を構成すること
経歴詐称は、労働契約締結前の問題ですが、契約締結後に行われる労働者の背信行為と区別する実質的理由がないため、経歴詐称をして雇用される場合には、その時点において企業秩序を侵害していると考えられております。
したがって、経歴詐称は、企業秩序違反を構成しますので、懲戒事由となり得ます。
2 懲戒事由となる経歴詐称
懲戒事由となる経歴詐称とは、「採否の決定に重大な影響を及ぼす経歴に関するものであり、かつ、当該企業の種類、性格に照らして右経歴詐称が労使の信頼関係、企業秩序等に重大な影響を与えるものであれば(中略)具体的な企業秩序違反の結果が発生しなくとも、懲戒解雇の事由となりうる」(名古屋高判昭和51年12月23日労判269号58頁・弁天交通事件)とされ、企業秩序違反の結果が発生することまでは要しませんが、重大な経歴詐称であることを要します。
重大な経歴詐称か否かは、「当該詐称にかかる経歴が企業の種類、性格に照らして、当該事実が事前に発覚すれば、その者を雇用しなかったであろうと考えられる場合であり、かつ客観的にもそのように認められるのが相当であるかどうかによって決定され」ます(上記弁天交通事件)。
3 学歴を低く偽ったことが懲戒解雇事由にあたるか
学歴を低く詐称することは、最終学歴の重要性から「重要な経歴」の詐称に当たり、懲戒解雇事由に該当し得ると通説、判例(東京地判昭54・3・8労判320号43頁等)は一般的に考えていますが、職種や業務の内容によっては学歴があまり重要でない場合もあり、判例の中にも、高校中退を中卒と詐称した場合について、真実を述べたとしても採用されたであろうとして解雇の効力を否定したものも存在します(神戸地決昭30・6・3労民集6巻3号307頁、福岡高判昭55・1・17判時965号111頁等)。
⑴ 懲戒解雇が有効とされた例
大学に在籍していることを秘して最終学歴を高等学校卒業と偽っただけではなく、過去の懲戒解雇の事実を秘し、更に、過去の職歴についても虚偽の申告をしていたという事案において、これらの虚偽申告は、労働者の労働力および全人格に対する会社の評価を誤らせるものであって、就業規則に懲戒解雇事由として定めた「重要な経歴」に関する詐称に該当し、懲戒解雇に付されてもやむを得ないといわざるを得ないと判示した裁判例があります(東京地判昭和47年7月20日・荏原製作所事件)。
また、オペ―レーター職の採用条件を高卒に限るとしていた会社に入社する際、真実は大卒であるにもかかわらず高卒であると詐称し、大学卒業後3度転職したこと、無職の期間もあったことを秘し、5年間会社を経営していたと職歴を詐称した者の懲戒解雇を有効とした裁判例があります(東京地判昭和54年3月8日・労判320号43頁・スーパーバック事件)。同裁判例は、上記学歴詐称について、極めて意識的であり、明らかに信義則上の義務に違反するものであり、しかも、その内容及び程度は非常に重大であって、当該労働者に対する人物評価、特に信頼性についての評価を大きく誤らしめるに足りるものであったといわざるをえないと評価し、このような重大な経歴詐称が事前に発覚していたとすれば、他の使用者であっても、よほど特別の事情のない限り、当該労働者と労働契約を締結して、その従業員として採用することを躊躇したであろうことは明らかであると判断しております。
大学中退の学歴および公判係属中であることを秘匿して、会社に雇用されたことは、懲戒解雇事由に該当するとした裁判例もございます(最判平3年9月19日・炭研精工事件)。
⑵ 懲戒解雇が無効とされた例
一方で、高卒以下の学歴の者を採用する方針の会社に、大卒であることを秘して船舶用ドアの製造現場作業員として雇用された者の労働者としての地位確認がされた事案について、会社が面接時に学歴を確認しなかったこと、募集広告にも学歴に関する採用条件を明示していなかったこと、勤務状況に問題がなかったことを重視して、懲戒解雇を無効とした裁判例もございます(福岡高裁昭和55年1月17日・労判334号12頁・西日本アルミニウム工業事件)。
⑶ 本件懲戒解雇は有効か
結局は、経歴詐称が労使関係に及ぼす程度により個別に判断されることになります。
貴社には採用の自由があることや最終学歴の重要性に鑑みると、学歴を低く詐称することは「重要な経歴」の詐称に当たりますので、原則として、懲戒解雇を有効に行うことが出来ます。
もっとも、西日本アルミニウム工業事件のように、労働者の能力に問題がない場合や、高卒限定採用であることを労働者に明示せず、説明もしなかったような場合に、懲戒解雇が無効とされた裁判例も見られます(佐賀地判昭和51年9月17日・労判260号32頁も参照)。
したがって、企業秩序や信頼関係が破壊された程度、学歴以外の経歴に詐称があるか否かについても考慮したうえ、懲戒解雇に踏み切るか否かの判断をした方がよいと考えます。
4.事前の対策
裁判例は、懲戒解雇の有効性の判断に際し、労使の信頼関係が破壊された程度を考慮しております。
採用募集をする際、高卒に限るとし、採用面接の際にも高卒に限る必要があることを説明しておくことで、西日本アルミニウム工業事件のような例外的な判断がなされることを避ける必要がございます。
5.お気軽にご相談ください
懲戒解雇が無効とされると、無効とされた期間の賃金を遡って支払わなければならなくなる等、使用者の方に多大なリスクが生じます。そのため、懲戒解雇に踏み切るためには、慎重な判断が必要です。
従業員の懲戒解雇を悩まれている方は、当事務所までご相談ください。考えられるリスクを説明の上、多くの選択肢の中から最善のものをご提案いたします。